アイルトン・タニのBlog

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おもてなしの心

母校の川之江小学校の校長先生をされていた
森実千尋先生から「おもてなしの心」ということでお話をいただきましたのでご紹介します

バスや車で四国八十八箇所を巡礼される方々はたくさんいらっしゃいますが
先生は歩きお遍路として、すべてを歩いてまわらられたそうで それも通しです
65歳という年齢 2ヶ月弱かかったそうですが体力的にも精神的にも大変だったと思います

そしてまず最初の一言が「歩きお遍路は人生そのもの」でした
実感がこもっていました

いろんな人との出会い、とてもいい人との出会い、出会いの中には嫌な人だなと感じる時も
足にまめができ、まめがつぶれ血豆が裂け血が出てきたりと肉体的な地獄を見たり
足の痛みに耐えられなくなり、もうやめようか、バスに乗ろうか・・・という自分への甘えとの戦いながら精神的な地獄を見たり

人生そのもの

毎日一歩一歩歩いていくうちにそれらをすべて受け入れていく自分がいて
何故あきらめず最後まで続けられたかというと
二つの出会い(出合い)があったからだそうです

一つはやはり「人との出会い」一つは「自然との出合い」

時期は5月から6月の梅雨時期
お遍路道を雨の中歩いていると、葉っぱの裏側に
雨が止むのをじっと動かず待っている蝶々を見つけ
動いてはいけないときは動いてはいけないんだということを感じたり・・・・
歩き遍路は本当に五感で味わうことができる

人との出会いはやはり四国遍路文化である「お接待」
お接待は物やお金だけではないんだということの気づき

見かえりではない、見かえりをを求めない施し

「無財の七施」を日々感じながらの巡礼だったようです

高知の中村の峠にさしかかった時
トマトがビニール袋の中にあって
段ボールの切り端に
「お遍路さんへ トマトをどうぞ 洗ってあります 安心して召し上がりください」
と書いてある

お接待とは「おもてなしの心」と言われますが
この「洗ってありますので、安心して召し上がりください」という添え書きこそが
「心のおもてなし」であるということを強く感じられたそうです

また愛媛の宇和町で、ある人と出会い話しが盛り上がり
一緒に写真を撮ろうとすると、カメラが見あたらない
考えてみると最後に使ったところに置き忘れてきたかもというと
かなり歩いて引き返さないといけないのに
そこまでの近道を教えてくれて、尚且つその方は足が悪いのに
一緒にその場所まできてくれて、そしてカメラが見つかった時には
自分のことのように一緒に喜んでくれたそうです

出会う人々の「やさしい眼差し」や「やさしい言葉」や「気遣い」

そういう人々からの無財の七施に何度も勇気付けられ、
前へ前へ背中を押してもらったそうです

「無財の七施」はお金や財産がなくても、誰もがいつでもできる布施の行いで
人に対するやさしさや慈しみがあふれる 仏教の教えだそうです

私も実践できるよう 何かを与えられるよう 努力していきたいです

「おもてなしの心」から「心のおもてなし」
  1. 2009/03/03(火) 15:11:58|
  2. ロータリークラブ